non style bar, fudgeは閉店しました。

fudgeは2006年5月20日にオープンして以来
12年と10か月の間
皆さんに育てていただきましたが
2019年3月18日をもってビルノ解体により、閉店を余儀なくされました。


無骨な木材で作られたカウンターと、ボトルとレコードを収めた棚。
仄かな灯りのペンダントライトと岩塩ランプ。
大きく広がりのある窓。そこから見える舞い降りる雪。
レトロなオーディオから流れるレトロな音楽、レコード盤。

すべてがまるごと昭和な店でした。

昭和過ぎて、ビルの耐久力も尽きてきたようで
残念なことにこの春に、興和産業ビルは取り壊されることになりました。


3/16に閉店感謝祭。
3/18に「あがた森魚ライブ」
それをもって、閉店いたしました。


日々のゆるゆる営業の中では、とてつもなく豊かで味わい深い出会いが重なり、
日本中津々浦々から足を運んでくれたミュージシャン、エンターティナーの皆さんたちには
素晴らしい演奏、パフォーマンスとお客様の笑顔を残してもらいました。
カラーやスピリチュアル系、美と健康につながるイベントにも
たくさん使っていただき、本当に濃い時間が流れたfudgeです。

教えてもらったことも、叱責を受けたことは数知れず、たくさんありました。

ここで繋がれた皆さんとのご縁とfudgeの神様に心から感謝します。


fudgeは、店舗としては一旦お休みします。
でも、たまにはfudge同窓会を開いて、やいのやいのいう機会を作りたいと思っています。
ライブや、セミナーなどに使わせてもらうスペースも見つかっています。
後日、きちんとお知らせできると思います。

また、ここから
みんな元気でそれぞれの道を歩んでいけますように!
そして、またfudge再開の時には
Yah!と笑って会えますように!

皆様と共に楽しんだ13年!!
すべての出会い、ご縁に感謝いたします。
ありがとうございました。


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~fudge、興和産業ビル、オヨヨ通りの記憶を消さないために~


2019.3.18をもって閉店したfudge(ファッジ)が入っていた興和産業ビルも、
4月に入っていよいよ取り壊しの準備が始まりました。

これは、オヨヨ通りに55年間存在して、札幌の文化を見守ってきた興和産業ビルの面影と、
楽しく過ごしたfudge13年弱の思い出、記録の意味を込めて
撮りためた写真を繋いだスライドムーヴィーです。



BGMには、fudgeでも数多くのライブで楽しませてもらった札幌在住のギタリスト、関ヒトシさんの1st.ソロアルバムより「峠の我が家」を使わせていただきました。

街並みの中で、ずっと通りに溶け込んでいて、あたりまえに思っていた建物も、ある日、そこを通り過ぎた時、跡形も無く存在しなくなってしまっている。
そんな時、「あれ!ここにビルがあったよね! どんな形のビルだっただろう?」と思う事もしばしば….。
オヨヨ通り5丁目で、そういうことがあったときは、是非、このスライドムービーをご覧になってください。
オヨヨ通りで若き日を過ごし、たくさん遊び、学び、そして興和産業ビルの最期の13年間に、fudgeという店を続けるというご縁をいただいた原崎美也子の気持ちです。

ありがとうオヨヨ通り、ありがとう興和産業ビル、ありがとう!ファッジで楽しいひとときを一緒に過ごしてくれた皆さん、手伝ってくれた仲間たち。
素晴らしいステージを繰り広げてくれた、尊敬すべきアーティストの皆さん!

そして、私の知らないうちにこのムービーをこっそり作り始めていてくれたのは
fudge常連、有限会社エーピーアイの平山淳也さん。
心からの感謝を捧げます。

みんなの想いも、感謝も込めて
Starting over to fudge next !


最後は忙しさに負けて、投稿も少なくなっていましたが
ブログ「今日のfudge」も併せてご覧ください。



■fudge 閉店のお知らせです。

fudgeは2006年5月20日にオープンして以来
12年と10か月の間
皆さんに育てていただきました。

無骨な木材で作られたカウンターと、ボトルとレコードを収めた棚。
仄かな灯りのペンダントライトと岩塩ランプ。
大きく広がりのある窓。そこから見える舞い降りる雪。
レトロなオーディオから流れるレトロな音楽、レコード盤。

すべてがまるごと昭和な店でした。

昭和過ぎて、ビルの耐久力も尽きてきたようで
残念なことにこの春に、このビルが取り壊されることになりました。

なので、
3/16に閉店感謝祭。
3/18に「あがた森魚ライブ」
それをもって、閉店いたします。


日々のゆるゆる営業の中では、とてつもなく豊かで味わい深い出会いが重なり、
日本中津々浦々から足を運んでくれたミュージシャン、エンターティナーの皆さんたちには
素晴らしい演奏、パフォーマンスとお客様の笑顔を残してもらいました。
カラーやスピリチュアル系、美と健康につながるイベントにも
たくさん使っていただき、本当に濃い時間が流れたfudgeです。

教えてもらったことも、叱責を受けたことは数知れず、たくさんありました。

ここで繋がれた皆さんとのご縁とfudgeの神様に心から感謝します。


fudgeは、店舗としては一旦お休みします。
でも、たまにはfudge同窓会を開いて、やいのやいのいう機会を作りたいと思っています。
ライブや、セミナーなどに使わせてもらうスペースも見つかっています。
後日、きちんとお知らせできると思います。

また、ここから
みんな元気でそれぞれの道を歩んでいけますように!
そして、またfudge再開の時には
Yah!と笑って会えますように!

皆様と共に楽しんだ13年!!
すべての出会い、ご縁に感謝いたします。
ありがとうございました。


       2019年3月末日               fudge 店主  原崎美也子


ごあいさつ

小さい頃から、きれいなものを見たり、美しい音楽を聴いているのが好きだった。
それは、母がよそ行きのために仕立てる和服の色合いだったり
遠くに見える山々の季節の移ろいの色だったり、ユトリロや東山魁偉の絵画だったり、
兄の部屋から流れてくるデイブ・ブルーベックだったり、ウエス・モンゴメリーだったり、
ヘレン・シャピロだったり、ビートルズだったりした。

育ててもらった環境への感謝を忘れてはなるまい。

けれど若い頃、「将来の展望は?」と自分に問いかけても答えなんてどこにも見つからなかった。
どこからも湧いてこなかった。

一生懸命、頑張らなければいけなくて、辛くて大変なこと、
それが「仕事」だと思いこんでいたから、好きなことを回避していた。
だから何をして「頑張ればいい」のか、ずっとわからない時期が続いて、それは、私を苦しめた。
20数年間の結婚生活の中で、二人の子供を育てながら
それでもまだ、自分が見えてはこなかった。

そんな中でふとした縁をいただいて、色彩というものの深さを学び感じとるうちに
いつのまにかそれが、「仕事」につながっていた。
最初の頃は、頭でっかち、知識の量り売りのような、仕事の仕方だったように思い、
それも今にして振り返れば、未熟さの裏付けだったのかもしれない。

今、ここにきて思うこと。
色彩に関することだけではなく、今までの自分の経験を基に、これから社会に
出ていこうとしている若い方たちや、社会の中で頑張っている方たちの後押しをしたい。
一緒に進んでいきたい。
そのための交流の場として、多目的なスペース「fudge」を始めました。
そして、fudge(ファッジ)に遊びに来てくれる皆さんが、
それぞれのスタンスで楽しんでくれたり
つながりを拡げていってくれたり、
それを見ていることが、今の幸せ・・・かな。

2006年7月 原崎 美也子




◆MiiM(meme・ミーム)の意味・・・
「人から人へ、想いや情報を伝えるための素粒子、またはそれを複製する遺伝子」という意味。
1976年にアメリカの生物学者、ドーキンスが創りだした造語。
ある日突然、聞いたこともなかった「ミーム」という言葉が頭の上から舞い降りてきました。